勝手な理想化と脱価値化/友達を失うということ

恋愛依存症

依存心の強い友達との縁が切れてしまいました。
後悔はしていませんが、ずっと彼女のことが頭から離れず、「もしかして共依存だったのでは?」と思う今日この頃です。

勝手な理想化

彼女は境界性パーソナリティー障害とまではいきませんが、自己肯定感が非常に低くてネガティブ。他人からアドバイスや指摘を受けると、自分自身を否定されたと感じて混乱するタイプです。

今回、私は彼女の取った行動に対して、「それは間違えている。」と指摘をしてしまったのが原因となり、彼女との縁が切れてしまったのです。

彼女は事あるごとに、私にラインや電話で相談をしてきました。恋愛の相談です。それは夜中でもお構いなく、彼女の心が苦しくなれば、私に打ち明けて気の済むまで慰めてもらう・・そして「元気が出た。」といって自分の日常に戻っていく、そんな人でした。

彼女は私を勝手に理想化し、「どんな時でも助けてくれる、味方をしてくる人」と思っている節がありました。しかし私も人間です。自分の精神が不安定な時もあるし、仕事に疲れた夜中など、彼女の愚痴を聞く余裕が無いときだってあります。

でも、彼女はそんな私の心情に気をとめることもしなかった。そして、「それは間違えている。」と指摘された瞬間、私に対する理想化はガラガラと音を立てて崩れさったのでしょう。

脱価値化

彼女が、私の悪口を言っていると、彼女のお付き合いしている男性から打ち明けられました。彼女は完全に私のことを「自分にとって価値のない人」とみなしているそうです。自分の事を理解してくれていると思っていたのに。何もわかってくれていなかった。そんな友達は、自分にとって必要ではない、と。

あれだけ昼に夜に、私に依存して自分の心を守ってきたくせに、彼女のためと思ってのアドバイスが、彼女にとっては背中を突き飛ばされた様な気分にされたのでしょうか。

はっきりと「縁を切る」とは、お互いに言葉には出していませんが、あれだけ密接に繋がっていたのに、今となってはもう連絡さえ取りあっていません。

共依存だったのかも

彼女から連絡がこなくなって数日間。私は彼女の事が頭から離れず、恋愛対象でもないのに心配で仕方がありませんでした。いつも自分を頼ってきた人。私がいなければダメな人。そんな思いが私の中にあったことに気が付きました。

頼られていることで、依存されていることで、私自身がどこかで満たされていたのかもしれません。軽い共依存の関係だったのかも、と今は思うようになりました。

私たちは離れることで、お互いに自立への道を進むことができるのかもしれません。ネガティブな付き合いは、幸せへの足かせになるかもしれません。今は寂しい気持ちがありますが、きっとそのうち、彼女のいない日常に慣れてくるはずだと思います。

彼女は極度の恋愛依存症、もともと依存体質なので、誰かに寄りかからないと生きていけないかもしれません。その支えは、私でなくてもよいのだと思います。

 

 

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